ウェブデザイナーの日記

父を思い出したよ

2007.07.16 13:07

父を思い出したよ

父を思い出したよ

前回の『どうして人間はトシを食うと言いわけクサくなるのか?』をポストしてからひとつ思いだしたことがあるのでもういっちょう。

私は死んだ父を思い出した。彼はイラストレーターで、デザイナーだった。相当の技巧で一斉を風靡したこともあったが、年を食ってからは東京デザイナー学院名古屋校(現在は名古屋デザイナー学院に改名)の理事(だけ?)におさまり、そのあたりから教育者としての顔も持つようになった。藤居直樹といいます。関係者様、父がお世話になりましてありがとうございました。

当時の彼は若い学生たちとの交流を楽しんでいたようであり、週に一度若づくりした格好でうれしそうにでかけてゆく父を見て当時の私は苦々しく思っていた。なんでかっていうと、彼は自分自身のことを「若々しくてセンスにあふれたハイカラおやじであり、そこらへんのオッサンとはひとあじちがうわい」オーラをびんびんに出しているのだが、私の目から見て、彼は闘うことを忘れた老成の人であったからである。

「これからはすきな絵を描く」と称してしばしば絵を描いていたが、それをギャラリーに出して活動することは一切なかった。たまに家に遊びにくるひとにタダであげたりするくらいで。あれはつまり「他のプロの目に晒されることに彼は恐怖していたのだろう」と私は分析していて、いまもそう思っている。素人衆には「さすがプロ」と呼ばれてイイ気になっているけれども、現在の商業デザインの潮流等はまるでわかんなくて、カタカナ連発のディレクターたちにアレコレいわれるのがいやだったのだろう。私はそんな父を見てだめなやつだと思っていた。商業デザインの流れに迎合しろという意味でなく「プロのひとたちに自分の作品を投げて自分の力量を問うてみる」ということをやらない父が私は大嫌いであった。

あるとき専門学校の卒業展の作品を家にいくつか持ち帰り、私に見せてくれたことがあった。「どれを選ぶの?」と聞いたら「コイツがいちばんスゴいよ」とひとつの作品を私に見せた。それは当時流行していたとあるインディーズ映画のポスターの完全な模倣であった。これを見せられた私は、デザイン学校の卒業展というのは「物まねコンテスト」なのかと思って、「これは○○の完全パクリだね」と述べたら、父はその映画を知らなくてものすごくショックを受けた。私が「審査員がいま流行ってるモノを知らなくてどうする」と問いつめたら父はさすがに限界を感じたようであり、翌年、理事職を辞した。あたりまえだろう。業績はあるが『現在』に目を向けない先生にモノを教わる生徒というのは不幸だなと私は同情していたので、これで生徒たちは救われるなと思った。

なんだか自分の父親のことをクソミソに書いているが、じっさいそうなんだからしょうがないと思う。それでだ。さいきん私は恐怖することがあって、そんな父にものすごく自分が似てきてしまっているんじゃないかと思ってるのだ。ヤバいなぁ。じつにヤバい。これはものすごくヤバい。

本来年を重ねるというのは美しくあるべきである。私はいまあるものからなにかを捨ててなにかを得なければならない時期にきているなとゴハンをおかわりするたびに思う。具体的にどうすればいいのかわからないんだけれど、かなり火急の案件であるなと人生的に思うのだ。

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ira (2007年07月16日 21:29)

お父さんの話しはいささか冷ややかなので(じっさいそうなんだからしょうがないんだろけど)おじーちゃんの話しのほうがおもしろくていいネ(今度書いてね:D
と、コカコーラライトを飲みながら思いました

ヒロヤ (2007年07月17日 08:08)

おぉ。そうですね。おぢいちゃんね。またこんどね。